2009年6月、写真詩集「いつか、晴れる日」が出ました!




 「いつか、晴れる日」 

   野寺 治孝 (写真)、石井 ゆかり (文)
   ピエ・ブックス
   ハードカバー 90頁 税込1,344円
    Amazon
    楽天ブックス



石井ゆかり、星占い以外で初の「書き下ろし」です。
何度も何度もやり直して、最後まで手を入れ続けて作りました。
出版社さんからオファー頂いたテーマは、

 疲れ切ってもう何もできないときに読む本

でした。

たぶん誰にでもそういう時間はあって、
一番傷つきやすく一番弱くなっている状態に
元々「切る」機能を持っている言葉というものを使って、
触れる
というテーマだったわけで
非常に難しかったです。

悲しいときや疲れたとき、
誰かに何か言われたとして
「オマエに何が解る!」
「がんばれって言われてももうがんばれないし」
「いくらやったってムダだ」
「自分なんかこの世にいない方がいい、 自分のかわりなんかいくらでもいる」
「なんで死んじゃだめなの?」
という
いちいち正しい、反論がとても難しいセリフが
自分自身の怒りとして心に湧いて
それにどう返したらいいのか、と
ずっと考え続けながら手を入れていました。

「かけがえがない」なんて
孤独な人にはまったく通用しない言葉です。
これを手直しする最中、
ちょうど言葉の通じない国を旅していました。
そこで、痛烈な孤独感を自分でも味わいました。
その国は家族主義の強い国だったので
みんなが「だれか、かけがえのないひと」と一緒にいるのを
私は横目に見ながら、ひとりぼっちで歩き続けていました。

自分も孤独感を味わい、
かつて徹底的に落ち込んで疲れたときもある。
だから、解ったようなことやいい加減なことや
薄っぺらな「ポジティブ」なんか押しつけられたくない。
でも、小難しいことなんか聞きたくないし
華美な言葉なんか嘘くさくてばかばかしい 。
そう思っちゃうと思いました。
だから、
そこをめがけてかかなきゃならないなら、
絶対に自分にしか解らないような言葉は使えないし、
わかったようなきれい事も言えない、と思いました。

もっともっとやさしくやわらかく、という編集サイドのニーズ。

だけど、絶対きれいごとじゃだめなんだ。
疲れてるときほど、嘘やゴマカシや表面的な美しさなんか
通用しないどころか
逆にその人を打ちのめしてしまうことすらあるんだ。

そういう葛藤の中で、
編集者さんとケンカごしのメールのやりとりを
何通交わしたか解りません。


ぐたぐたの疲労の中のまともな怒り、
そのむこうがわで仕事ができたかどうか、
書き終えてこうして書籍が出た今でも、
自信なんかまったくありません。
たぶん、これを読んで怒りや違和感を感じる人もいると思いますし
美しい写真の味消しだと感じて本を閉じる人もいるだろうと思います。
でも、少なくとも
「そのむこうがわ」に向かって、
編集社さんと一緒に、ずっと努力しつづけた本です。


実は
どの文にどの写真がはまるのか、
最後まで私は知らなかったんです。
色校が出てきて初めて、見て、
ああ、すごくおもしろい!
と思いました。
この組み合わせは編集者さんがやっていて、
私じゃないんです。
とてもおもしろいので
そこは是非、見て頂きたいところです。

みなさまどうか立ち読みだけでもしてやって下さいませ。
よろしくお願いいたします!!!!




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