土星について、ver2(2004/8/15)

土星。
「惑星」
という言葉を聞いて一番先に思い出すのは
あの印象的な、麦わら帽子を2つくっつけたような星だと思います。
木星・海王星・天王星にも輪があるそうで、
輪があること自体はそれほど珍しいコトじゃないみたいですが、
土星の輪はとにかく、一番良く見える。
明るくてハッキリしていて、
はじめてこれを望遠鏡で見たガリレオは
混乱した
そうです。
だよなー。
なんだかわかんないもんな。
地球から観測すると、土星の輪が見える角度は変化するそうです。
見るときによって形がぜんぜんちがうので、ガリレオは
更に混乱
したそうです。

他の星と同じように、
土星にもギリシャ神話の神様の割り当てがあります。
土星のカミサマは、クロノス。
クロノスは、自分のこどもをもりもり飲み込んじゃうような
コワイ神様です。
大きな鎌と砂時計を持っていて
農耕の神
または
時間の神
といわれているそうです。
時間の神様。
おもしろいですね。
ものの本に寄りますと
クロノス
ということば自体が、「時間」をあらわすのだそうです。

時間には、2種類ある
といわれます。
ひとつは、長さを表す時間です。時計で計れる時間。
待ち合わせとか、スケジュールとか、人生設計とか
そういうときにイメージする「時間」ですね。
もうひとつは、「タイミング」です。
チャンス、潮。
いまだ!
という、運命の歯車が噛み合うような「時」って、あります。
こういうのは、時計で計るようなものではないです。

ギリシャ神話では、前者の時間を司るのがクロノス。
後者の時間は、「カイロス」という、みょうな動物で表されるのだそうです。
カイロス
は
前髪だけが長く、後頭部はつるつるにはげているのだそうです。
人間のはげ方と、逆ですね。
例えるなら、前側はふさふさのジャニーズ系、後ろから見るとサンプラザ中野。
。。。なんだかインチキみたいですね。
このカイロス、
前方から猛スピードで走ってくるので、
うまくこの前髪をつかめれば引っ捕らえることができるのですが、
すれ違ってからでは、絶対に捕まりません。
つかみ所がないわけです。
つるんとしているわけです。
「チャンスは逃さず!」
というのは、そういうわけなのですね。
これは、月とか、水星のようなイメージがあります。
変わりやすいモノ。動きの早いもの。めぐってくるもの。

で。
話がそれました。
今回探ろうとしている、土星。
クロノスの時間の方です。
こちらは、スケジュールです。計れる時間。
着々と積み上げていく何か。

星占いでの土星は
 責任
 義務
 時間のかかること
 組織
 伝統
 老人
 遅れること
 権威
 否定的な態度
などを扱うと言われます。
男性的な意志、男性的な存在を感じさせます。
男社会!
って感じですね。
星占いは歴史がとても古いので、体系もかなりコンサバティブ。
ジェンダーフリーなんかあまりカンケイナイのです。
意識して、アタマ使ってやっていく。
思うに、上記「カイロス」の時間は、
思いつきとか、直感とか、無意識の働きを感じますが
クロノスの「計れる時間」を使うには、
意識して、考えて、取り決めてやっていかないといけません。
努力したり調整したりしなきゃいけないわけですね。
ここに挙げた「土星の守備範囲」には、
そういう要素がぎゅっと詰まっている気がします。

全てのことに恵まれた人
なんて、想像の中にしかいないものです。
みんな、なにかが欠けています。
そして、それはしばしば、うけつがれたものだったりします。
自分ではどうにもデキナイ「欠け」。
これとどうつきあうか、
この部分をどう使っていくかで
社会的にどこまで大きくなれるかが決まる。
土星はそんなムードをたたえた星です。
個人のホロスコープの中での土星は、
少なくとも生まれついた時点では苦手な分野
少なくとも生まれついた時点では恵まれてはいないもの
否定的に、義務的に感じられること
などを表すようです。
どちらかといえばマイナスの状態にあるそれを、
後天的に、どう扱っていくか。
これが土星の醍醐味のようにも、思えます。

土星の動きはとってもおそくて、
28年かけて12星座を一周します。
一つの星座には2年ちょっと滞在します。
なので、同年齢であれば、大体は同じ星座に土星があります。
だいたい、ですけどね。
年代ごとに苦手なことや問題点って、大きなくくりであるものだとおもいます。
「今年の新人、なんかやけにつきあい上手だけど根気がないぞ」
とか
「今年の新人はなんかすごく自信満々なヤツがおおいなあ」
とかいう印象ってあるとおもいますが、
そんなところにもあらわれるのかもしれません。
一方、個々人のなかの土星の働きは、
太陽や水星、金星、月など、
地球に比較的近い星と、この土星が関わることによって
強さも機能も違ってきます。

たとえば、自分がどうにも厳しく考えてしまうコトって、ありますか。
時間にルーズなのはゆるせるけど、
お金にルーズなのは絶対許せない
とか。
忙しいからデートできないのはゆるせるけど、
メールの返事をくれないのは許せない
とか。
子供が騒ぐのはゆるせるけど、
店員が態度悪いのはゆるせない
とか。
部屋が散らかってるのは気にならないけど、
できあいのおかずは許せない
とか。
人によって、「目くじら立てるところ」って、違いますね。
これ、土星の差で出てくることが多いようです。
「ゆるせない!」
と感じる分野は、だいたいが
「自分に対してもそのことはゆるせない!」
と思っています。
騒ぐ子供が許せないのは、
自分が子供の頃、騒ぐことをゆるされなかったからだったりする。
お金にルーズな人が許せないのは、
自分がお金にルーズだったらどうしよう(いや、けっこうルーズかも)
というようなおびえがあるからだったりする。
自分の弱点について、人は敏感です。
強硬に否定してしまう他人の欠点は
実は自分のなかにそれがあって
それがある
ということをうち消したいからだったりする、わけです。
厳しさのほかに
「嫌いだ」
という感覚も、土星の関わるところのようです。
何かを強烈に嫌っていると言うことは、
それに拘っていることの現れです。
ほんとに無関係なことなら
気にならないはずだからです。
「どうでもいい」はずだからです。
嫌いだ!
っていうのは、強いコミットです。
だからそれは、なんらかのかたちで、
その人の一部なのです。


太陽や火星や金星や水星が「特技を生かして勝負する選手」を扱うなら
土星は「その分野を知り尽くした監督、先生」を扱う、といえるかもしれません。
頑張って克服してきた苦手教科のほうが、
得意な教科よりも、教えやすいものだといわれます。
生徒が
「なぜできないか」「なにがわからないか」
「どうしたらわからないことがわかるようになるか」
が分かるからです。
最初から得意でスムースな教科は、
どうやったらできるのか
が分かりません。
人は、得意なこと・才能のほかに
そんなふうに後天的に積み上げて使えるようになるテーマ
をそれぞれ、持っているモノだと思います。
それに取り組んでいるときは、とても辛いです。
でも、一つ乗り越えると、
ものすごく汎用性の高い、実際的で揺るぎない実力が身に付きます。
持って生まれた才能って、あやふやな感じがしますが、
努力して身につけたことは、けっして禿げません。
最初苦手なところから初めて、
時間をかけて意識して積み上げていって、
最後、だれよりもそれが使えるようになる。
それが土星のテーマだと思います。


「巡ってくる土星によって何が起こるか」
と考えたとき、
星占い師の中には
「不運、宿命、試練がくるぞ!」
と答える人も多いようです。
でも、私が思うに、これは
「木星が来たときは超絶ハッピー!」
というのと同様、
なんかちがうぞ
と思います。

だれしも、悪いクセって、あると思います。
すぐ卑下しちゃうクセ
都合が悪くなると隠し立てするクセ
お酒に逃げるクセ
タバコを吸いまくるクセ
ネガティブにネガティブに考えてしまうクセ
何かを決めるとき、人に頼ってしまうクセ
言いたいことが言えないクセ
あれこれ想像して相手の気持ちを決めつけてしまうクセ
人の失敗が許せず、すぐに断罪してしまうクセ、etc。
そんなことしちゃいけないってわかってるけどしちゃう
ということもありますし
そもそもそのクセ自体に気付いていないこともあります。

そういうクセって、どこからくるか。
その人が駄目な人だから、悪い癖がつくのか。
私はそうじゃないとおもうんです。
思うに、
その人の過去の人生において、
そういうクセが「必要だった」時期があるのだとおもいます。
そのクセのような手段でしか乗り切れなかった苦しい出来事。
生き延びるためにはそうするしかなかった、次善策。
そのことしか自分を守るモノがなかった、子供の頃。
だれしも、わざわざ悪い癖を好んでつけたりしません。
それがなくちゃ乗り切れないような場面があって
そこからずるずると、
塩水を飲み続けてしまったんだとおもいます。
でもそれは、
いつまでも永遠に必要な「手段」ではありません。
苦しみを乗り切り、時代が過ぎ去ったら、
「必要悪な手段」
は、捨てられるのです。
でも、その捨てるタイミングが分からず、
ずるずると行ってしまうこと、多々あります。
クセとして、のこってしまうんです。

「私はいつも男運がない、妙なひととばかりつきあってしまう」
「私はいつも友達と仲違いして、縁切りになってしまう」
など、
「いつも〜だ」
というパターンに苦しんでいる人、多いです。
そのパターンは、上記のような
妙なクセ
に端を発していることがほとんどです。
必要悪として採用した手段が、
他のことをうまくいかなくしてしまう。
でも、どこをどう変えたらいいのか、わからない。
これは、とても深い悩みです。

思うに、土星。
土星の巡り来る時期って、
こんな「妙なパターンを生む妙なクセ」を
大々的に解消する時期だとおもいます。
そのクセを指摘し、
それはもう、今の貴方には要らないんだよ
と、教えてくれる。
それが土星なのではないでしょうか。
土星が来たときに失うモノは、いつも、不要なモノです。
不要だけど手放せないモノを握りしめていると
本当に必要なモノを手に入れることが出来ません。
お札は毎年買い換えてお焚きあげにしますね。
そんなふうに、今まで頼ってきた考え方や手段でも、
時が経てば、不要になるのです。
それを整理し、新しい運が入り込む余地を作り出す。
残すモノは残し、捨てるモノは捨てる。
それが、土星のヒットで起こることなんじゃないでしょうか。

コントロールし、支配する
という意味は、これも絶妙です。
自分の人生や自分の生き方は、
生まれたときは、自分の手の中にはナイです。
親も、周囲の環境も、選べません。
でも、育って行くに従って
自分の頭で考え、自分の意志で決められることが、増えてくる。
自分の手で自分の生き方を変えることができるようになる。
土星は後天的コントロール、自分の生き方を自分で支配する
というコトに使えると思います。
出生図において土星の強い人は、
自制心が強く、おちついていて、長い時間をかけて物事を進めることが出来る
と言われます。
意志が強く、待つことが出来る、自分に厳しい人
と言われます。
恋愛において土星の働く人は、
とても現実的で、軽々に人に心を動かしたりしないこともあります。

土星は、放置しておくと、そのまんまになります。
苦手なことは、苦手なまま。
否定する傾向は、否定的なまま。
ずっと成長できません。
「ここをなんとかするぞ!」
と思ったときだけ、土星は育ってくれるようです。
なにか悪いことが起こったとき、
「災難だ、不幸だ、死んだフリしてやり過ごそう」
とするのは、土星の放棄ともいえるかもしれません。
逆に、
トラブルの中でも注意深く
「このトラブルって、私にとって、いったい何なんだろう」
と考える姿勢を持つと
土星のメッセージがぱっとみえることがあります。
そのとき、目から鱗!みたいに
進んでいくべき方向がひらめいたりします。
そんなふうに
「使うか」「使わないか」を自分で選択できるのが
土星のとてもきわだった特徴のひとつ、かも知れません。


苦労はしても、不幸には絶対ならない
という言葉が、私は好きです。
苦労と不幸は別物で、
苦労っていうのは、悪いことではないと思うんです。
苦しくても、不幸じゃない。
辛くても、不運じゃない。
「不幸」「不運」という言い方は、どこか、考えることを放棄しています。
不運だから、ダメ。不幸だから、ダメ。
そういうふうに感じてしまうと、
土星はたしかに、不幸の星かも知れません。
でも、土星をひとたび「使う」気になれば、
ぜんぜん違う未来が開けます。
土星はしばしば、
大きな昇進やランクアップを運んできます。
異動や抜擢をもたらします。
周囲から見たら大ラッキー。
でも、本人にはストレスとプレッシャーの渦。
迷い、不安、内面的な葛藤。
どっちにむかったらいいのか、分からなくなります。
そういうときは、
土星が「クロノス」であることを
思い出すと良いのかも知れません。
時間は、傷の痛みをすいとり、
あたらしい人や出来事、気持ちをつれてきてくれる
運命のサイコウの支援者です。
自分がこうして生きていることは
自分一人の努力の結果ではありません。
人様が積み上げてきた時間、
人々が作ってきた巨大なネットワーク、仕組み、社会。
その中に自分がいて、そして、何かしている。
今ここで、苦労している。
自分の中にも世界があって
自分を取り巻く大きな世界があります。
土星はそれを、いろいろなやり方で整理し、強化し、つなげ、積み上げます。

土星が不幸な星だとは、私は思いません。
運命は、決まっているモノではありません。
予定は未定な運命、
これを、人間様が自分の意志や考えで
様々に変化させるための最大のチャンスを
もたらしてくれる星なんだと思うのです。


topをねらえ。