太陽について。(2004/1/18)


太陽系
というくらいですから、やはり太陽からいきたいと思います。
太陽系で一番大きい星は、もちろん太陽です。
幼少時、「星の図鑑」みたいな本をひらき、
大きさの違いが絵で描かれているのをみて、
まず衝撃を受けました。
衝撃的に、違う。
他の惑星は米粒大か、まあ、木星や土星はそこそこまるく書いてあるのです。
でも、太陽は。
全体がページに入りきらないではないか。
ページの端から、父の腹のように張り出しているオレンジのなにか。
これが太陽だというわけなのか。
すごい。すごすぎる。
地球も月も、こんなにもちいさいのか。
すべて私たちがこうしてあたたまって、生き物がすくすく育つのは、
このどでっかい、燃え上がる星のせいだというのか。
私は空を見上げました。
そして太陽を見て、目をちかちかさせました。

星占いをするとき、
太陽はどんな意味を持っているかというのは、
なかなか説明が難しいですね。
「私は双子座です」
と言うのは、
「私が生まれた日、太陽は双子座にありました」
という意味なんです。
太陽は、だいたい一年で黄道(空の赤道)を一周します。
だから、毎年同じ日に、だいたい同じような場所に太陽が巡ってくるのです。
誕生年が違っても、誕生日が同じであれば、
太陽の位置はほぼ同じ、ということになります。
単純計算で360分の1の一致ですから、これはかなりレアですよね。
太陽がどこそこにある
ということでその人のおおまかな性質を言い表せるくらいですので、
太陽ってどういう機能だ
といわれると、もうだいぶこまるわけです。
たとえるなら、
「白いご飯の味を説明しろ」
といわれているようなものです。
濃い味のおかずのしょっぱさや甘さを薄めるためにご飯を食べているようなところすらあるわけです。
なので、ご飯それ自体の味というのは、とても説明しにくい。
でも、日本食といえばまず米です。
そばやうどんというのもありますが、
まあ、まずもって、最初に挙げるのは米。
そのくらい大事。重要。でも、味は説明しにくい。
ね。イイ例えだなあ(自画自賛)

星占いの教科書には、
「自我、男性原理、リーダーシップ、ホロスコープの心臓、アイデンティティ」
等と書いてあります。
個人のホロスコープでは、
その人にとっての父親や、
生きていくときに具体的なセルフイメージや、
そのひとの採る行動などを見るときに、コレを使います。
でも、太陽の性質は、
その人自身がよくわかっていることが多いようです。
だから、個人の星占いでは、
その人の気付いていない部分
に光を当てることが問題の解決につながるような気がするため、
つい太陽以外の星のことばっかり言ったりしちゃうんですね。
でもほんとうは、
あの太陽のサイズを思い出さねばならないのです。
太陽系で一番大きく、エネルギーに満ち、みずから光り輝いているのは、
太陽です。
もし星占いがほんとうに当たるのだとすれば、
あの大きく熱く輝く太陽に、その人の全体的なところは、
表されていなくてはならないはずだ。
どうしても、そんなふうに思ってしまいます。

自分の生まれ持った太陽をうまく使うと、人は文句なく幸せになれるのでは
という気がします。
獅子座の太陽は獅子座の生き方、
乙女座の太陽は乙女座の生き方、
これをあまりにも外れた、無視した生き方をすると、
幸せな気持ちにはなれないんではないか。
他のことでいくら満たされても、本源的な充足は得られないのではないか。
そんな気がします。
ワニとミソサザイでは、幸せになるために必要となるモノが違います。
ワニは、なにか食べられるような小動物があり、
気持ちよく暮らせる水場があれば、幸せになれるでしょう。
でも、それとおなじものをミソサザイが手に入れても、
ミソサザイは幸せではないでしょう。
他の人から見てどんなに幸せに見えても、その人は満足できない。
「自分は何が満たされていれば、大まかに言って、幸せなんだろうか?」
細かいことを言ったらきりがないわけですが、
少なくともこの要素がなければ、
ほかの細かいことがどんなに完全でも、不幸になってしまう
というポイントがあるんです、多分。
それが「太陽のある星座」なのではないでしょうか。

今現在運行中の星々の位置から何が起こるか予測する、
というのも星占いのおもしろさのひとつです。
今運航中の太陽は、どう考えればいいのでしょう。
これもまた、難しいところなんですが、
石井ゆかりなりに解釈しますと、
まず、太陽から光が出ていて、
他の惑星が光っているわけです。
だから、他の星々は、多かれ少なかれ今の太陽の性質・傾向から
なにかの影響を受けている、と考えればいいかな。等と思うわけです。
太陽が山羊座にあれば、
行動したい、とか、支配したい、とか、
何か目標を実現したい、とか、自分の社会的ステータスを上昇させたい、とか、
そんなふうな光が輝いていることになります。
自分の出生図のなかの太陽と、
進行中の山羊座の太陽がある角度を組むときは、
自分の中で「具体的に決断して外向きに行動する」などのような作用が
なんらかのかたちで働きやすい、
といえるのかもしれませんね。

太陽は、無視できないその人のエゴです。
エゴって言うのは、わるいことじゃなくて、
その人が自分の意志で生きていこうとする、最大最高の輝きです。
太陽は別に、他の惑星に頼まれて輝いているワケじゃなく、
勝手に輝いていたら他の星がついてきているんですよね。
社会は木星や土星。
意欲ややりがいや勝利は火星。
愛は金星、智は水星。
等と考えると、
生きていることは、これらの要素「ゆえに」あるのではなく、
まず生きていることが最大の出力であって、
そのあとに、あくまでそのまわりをぐるぐるまわる「惑星」たる、
上記の星がついてくる。

愛のために生きる。
仕事のために命を捧げる。
社会の人柱となる。
それは、その人のあり方に反しない限り、その人を幸せにする生き方になります。
でも、それを決め得るのは、あくまで中心にある太陽なんだと思います。
人は金星のためには死なないんじゃないかと思います。
人は太陽の本質によって生きるとき、
一番満たされた生き方ができるんではなかろうか。
そういう見方で太陽星座を考えると、
「私は○○座です」
というの、けっこうナカミの濃い話なのかも、っておもえてきませんか。




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