2004/4/9
携帯電話。
私は長らくこれがキライで、最近「持ったよ」と数少ない知人に連絡したらば、皆にすごく驚かれた。その反応をみて思い出した(都合の悪いことはドンドン忘れる)。かつての私は、携帯を蛇蝎のごとく毛嫌いしていたのだった。
蛇蝎のごとく、というのは、通常「嫌いな人間様」に対して用いる表現だが、ここで私が「携帯」という「モノ」に対して使ったのは、ワケがある。すなわち。私が嫌っていたのは、携帯電話そのものではなく、携帯電話を使う人間達だったのだ。多分(きっと)。
金色に近い茶髪で、広く浅い人間関係に取りすがって生きている、コンビニの前でしゃがまずにいられないヤカラ(お心当たりの方、すみません)。それが私の当時の「携帯観」だった(確か)。
だから、勤め先で社用の携帯を無理矢理持たされたときも大変だった。電話がかかってこようものなら、点火されたダイナマイトを投げ合うコントのように、「どうしよどうしよどうしよ」ってなったものだ。電話の取り方がわからなかったのだ(その受話器の絵がついたボタンを押せ。)
どうも、なんか、日記にならんなあ。。日記って、「その日の出来事」とかを書くんだよな、確か。「毎日何かを書けばいい」ってことじゃないよな。確か。
まあ、いい。
しかし、この「これは〜じゃない」という言い方には、すごく身近なモノを感じる。デジャブがある。
そうだ、そういえば、小学生の時、書道の時間に「オマエのは字じゃない、記号だ」と言われたことがあるな。。徒競走で走る私の姿を見て、両親は「オマエは走ってない、上に飛んでる、だから前に進まないんだ」と言われたな。。学生の時も、レポートを書けば「これはレポートじゃない」と言われ、最近は占いを書いてるけど「コレは占いではない」といわれたよなあ。。あ、このあいだパエリア作ったら「これはパエリアじゃない、トマト味のおじやだ、それも、芯が残ってる」と言われたぞ。かぼちゃプリン作ったときは、「これはカボチャプリンじゃなくて、むしろ、カボチャだね」と言われたし。。
きっと、これは、体質みたいなもんなんだ。あはははは(涙)
毎度くだらなくてすみません(涙)
今日はそれどころじゃないことが起こったなあ、、衝撃のあまり掲示板にカキコミしたら、みんなレスくれてありがとー(涙)動揺している自分に動揺した、という感じでしたが、いろんな人に「自分の思い」を聞くと、なんか心が安らぐ。改めて思ったけど、「こうしたら?」って言われるより、「私はこうだなあ」って言われる方が、自己反省できる感じがする。私はホントは、「アドバイス」って嫌いなんだ。つい、しちゃうけどな!(笑)
人への「助言」は蜜の味(暗黒)

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