2004/5/11

今日
いつものように
電車に乗った。
そしたら、向かいに、オジサンが座っているのが見えた。
グレーのスーツ
ごま塩あたま。
特になんということもない、普通のオジサンである。
しかし。
私は
その顔を見た瞬間
そこに
目が吸い付いて
しまった。

ものすごい形相なのである。
眉間にしわが寄り
目玉は飛び出さんばかり。
白目の方が多く露出しており
顔は正面を向いているのに
その黒目は
思いっきり
右に寄っている。
口も斜めにゆがめられ
今にも
「ああん?!」
と切れた雄叫びが聞こえそうな様子。
つまり
めちゃくちゃに
ものすごく
不愉快そうなのだ。
納得行かない
顔なのだ。
いかがなものか
それってどうよ

顔なのだ。
意見している
顔なのだ。
疑問
反論
おぶじぇくしょーん
な顔なのだ。 そして
右の人の手元を見ているのだ。

右。
オジサンの右には
若い女性がいた。
いや
そんなには
若くなかった。
そして
その指は
マニキュアを
せっせとはがしていた。
一心不乱
という様子で
はがしまくっていた。

しかし
そんなのには
私はもう
慣れている。
ツメなんか
みんな剥がしている。
この電車の
全ての乗客のうち
0.25%
くらいは
今まさに
マニキュアを剥がしている真っ最中である。
そのくらい
この沿線では
ありふれた光景である。
むしろ見慣れてないのは
そんなものすごいオジサンの顔だ。
むしろ
その眉間。
なにか
名刺でも挟み込んでみたくなるような
深い縦皺。
これでもかと
思いっきり
感情表現している。
そんなもの
はがすんじゃない!
という
主張を
抗議を
サイレンを
言葉より強く
発しているのだ。
私が仏師なら
今すぐ
仁王像を彫り出してしまうだろう
というくらいの
勢い。

私は
こういうとき
いつも
ある衝動に駆られる。
たとえば
頬にご飯粒をつけて電車に乗っている他人を見かけたとしよう。
私は、その人の顔を見ながら
不自然なほどオーバーに
自分の頬を触るのだ。
その人がもし
私の発している電波に気付けば
自分の頬におもわず手をやって
ご飯粒を発見するだろう。
シャツの尻尾を不自然に出している人や
スカートのスリットにしつけ糸が付いたままの人や
そういうのを見かけたとき
「もしもしあなた」
と教えてあげるより
私は
そんな風に
アクションで
気付かせてあげたくなってしまうのだ。
なぜかワカンナイが。

私は
オジサンの顔をじっと見つめながら
自分の眉間を
指で広げたい!
という衝動に
かられた。
それは
サインはV
のようなゼスチュアが
私の顔の真ん中で行われることになるので
きっと
オジサンも気付くに違いない。
でも
そんなことをしたら
タダでさえ
お怒りモード
のあの人は
怒鳴り出すだろうか。
われ
バカにしとるんか
とか
躍り上がってしまうだろうか。

結局
怖かったので
できなかった。

でも
私のように
声をかけるのではなく
ゼスチュア
を用いて
貴方の恥を救って上げようとする人は
きっとどこかに
いるはずだ。
ひとのふりみて
わがふりなおせ
とは
よく言ったものだ。

いや
そういう意味じゃ
ないけどね。
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