2004/5/19

今日は
新月
だった。
新しく始まる
ドアが開く
なんていうイメージを、最近は持っている。
満月や新月を
日常的に気にし始めたのは、星占いをはじめてからだけど
けっこう面白い。
月の満ち欠け
って
なるほど、人間の調子と連動している気がする。

しばしば週報にも書くけど

ってある。
中高生の頃、親戚が居酒屋を経営していて、お祭りや花見の時は、やきとりやおでんを売る屋台を出していた。
お店はとても忙しいので、私は、売り子としてかり出された。
おにぎりや焼きそばもパック詰めして、売り声出して売りまくるのだ。恥も外聞もない。学校の先生が娘と犬を連れて通りかかっても知ったこっちゃない。
バイトは学校で禁止だったのだが、そもそも、バイトじゃないのでカンケイナイ。
「家業の手伝い」
これである。
その証拠に、1週間朝から晩までやってもらった金額は
1万円
だった。
これを
バイト代
とするならば
時給200円
を切っている。
150円
くらいだ。
これは労働基準法に反する。
よって、これは
バイト代ではない。
薄謝
である。
それにしても
薄すぎる。
まあ、いい。
その話じゃなかった。
この話を始めるとつい、力がこもってしまう。いかんいかん。

で。
そんな花見の露店のバイトをしていて
不思議に思ったことがある。
客は一気に来るのだ。
こないときは洗ったようにこない。
でも、くるときはまとめてくる。
昼時だ
とか
晩ご飯だ
とか
そういう、時間的な法則とはカンケイナイのだ。
くるときはわっとくる。
サクラがいるから
とか
人がいた方が入りやすいから
とか
そういうふうでもないのだ。つまり
せーの
と申し合わせたように、ヒトがいるかどうか何か判断しようもないタイミングで
わっ
とくるのだ。
これはもう
さばくのが大変である。
石井ゆかり
計算がものすごく苦手
なので
たくさんお客さんが来て、並びでもしようものなら、もう
パニック
である。
何がなんだかワケがわからなくなる。
泣きたくなる。
でも泣いているヒマもない。とにかく、
袋に詰めまくり
お金を計算しまくり
お金を受け取りまくり
おつりを計算しまくり
おつりを渡しまくる。
大変な
さわぎ。

しかし
こないときは
全く
一切
金輪際
こない。
もう二度と誰も来ないんじゃないだろうか
こうやってお店を開いていればお客が来るなんて、幻想なんじゃないだろうか
と思えるくらい
だれもこない。

なんで
ばらけてこないんだ。
と私は思った。
どうしてそう
まとまって来るか
まったく来ないか
しか、ないんだ。

そんなとき
社会の授業で
キチンの波
ジュグラーの波
クズネッツの波
コンドラチェフの波
というのを習った。
世の中の景気には
波がある
というのである。
何種類もある
というのである。
ほほー。
なんと
不思議な。
こじつけのような説明を聞いたけど
それは忘れた。

更に
英語の授業で
「降れば土砂降り」
という諺を習った。
雨が降るときは
かならず
土砂降りだ
中途半端なんか
あり得ない
という
マーフィーの法則
のような救われない諺である。

しかし
この2つのことは
一つのことを示唆している。
それは
客が
めいっぱい来るか
全く来ないか
しか、ない
という現象は、古今東西でみんなが何らかの形で
そうだな
思ってるってことなのだ。

人生でも
そういうことって
あるようだ。
個人占い
もう4年くらいやってるけど
「何かあるときはまとめて起こるけど、何もないときは全く何もないんです」
とおっしゃる方、
わりと多い。

いっぱい来るとき。
そして、
洗ったように
来ないとき。
どちらかが永久に続くワケじゃない。
波のように
寄せては返す
わけなのだ。
落ちれば
上がる。
表の次は
裏だ。
悲しみには
喜び。
花のあとは
実がなる。
冬の後に
春が来る。

そして。
客がいっぱい来るときはパニックで辛いし
客が全く来ないときは手持ちぶさたで辛いし
どのみち
辛いことには
かわりないのだ。
あははは(涙)

人生
一転曇りのない状態
なんか
ないもんです。

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