2004/6/15

恥ずかしいことをしたとき。
失敗したとき。
そういうネタを
以前
ここで書いた。
私は
失敗したり、恥をかいたりしたとき、どういう顔をして良いのか、ホントに困る。
叱られるのが苦手なのは、どんな表情をしたらいいかワカラナイからだと言う気がする。
神妙な顔
決まり悪そうな顔
そういうのが
できない。
できないっていうか
どうしたら
そういう顔だと思ってもらえるのかが
わからない。
決まり悪そうな顔

不服そうな顔

表現し分ける
自信がない。
もし
叱られたときは
こういう顔をしなさい
というのが解っていたら
けっこう
怒られても平気
だろうとおもう。

相手に
どんな印象を抱かれるか
って
どうにもならないものだ。
オンラインでも
オフラインでも
それは同じだ。
私には
どうすることも
できはしない。
一度嫌な印象を持たれてしまえば
それは修正不能な様な気がするし
修正
というか
むしろその嫌な印象の方が
真実なのでは
という気も
しないでもない。

そういうとき
子供の頃は
自分の消滅
と言う形で
すべての赤っ恥が消えてなくなる様を夢想したりした。
恥ずかしい自分
卑劣な自分
間違いを犯した自分
醜い自分。
そういう自分が
友達とか
親とか
教師とかの
頭の中に
あるわけだ。
それを
消す
ためには
自分を消してしまうか相手を消してしまうか
どっちか
しかない。
でも
さすがに
どっちもやらなかったのは
それほどせっぱ詰まってなかったからだろうか。
無論
人を物理的に傷つけるのは
どんな形でアレ
とてつもなく
抵抗があるし
私は
超絶痛がり
なので
自分がイタイのも
多分
イヤだったのだろう。

最近
そんな子供時代の
追いつめられた気分
を思い出させるような事件が起こった。
あの子の気分が
私の気分と
同じだろうとか
似ていただろうとか
そういうことを言うつもりは、ナイ。
でも
ネットで
私について
いやーな印象
を持っているひとも大勢居るだろうなあ
と想像するとき
サイト
やめよかな
とおもう時は
あるよね。
でも
結局
やめてない。

その
「結局やめてない」
というのは
極論すれば
「結局死なない」
「結局殺さない」
というのと似ていて
かなり
偶然
というか
無根拠
というか
まあ
そんなところのような気もするのだ。

つきつめていけば
サイトやってる必然性も
生きてる必然性も
理屈としては
あまり
ナシ。
星占いが
当たる
かどうか
というのも
私の中では
それと同様の
イイカゲンさの中にある。

私は
自分について
過剰に危険な人間だ
とは全く思わない。
でも
幼児虐待しちゃったり
友達を殺しちゃったり
するニュースを見ると
あの人が私じゃないなんて、偶然に過ぎないんじゃないかなあ
って
いつも思ってしまうのだ。
自分の身の上にそのことが起こったって
不思議はない
っておもってしまうのだ。
自分は絶対あんなことしない!
なんて
言えない。

私が人殺しをしたことがないのは
多分
命の大切さ
とかいうものを知っているから、では、ない。
そういうはめに
おちいらなかったから
っていう
それだけの話なんではないかと
どうも
思ってしまうのだ。

今日は
なんだか
オチなくて
ごめんなさい。

いや
日記なんだから
別に
落とさなくても
いいんだけどね。



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