2004/6/23

昨日
近所を歩いていたら
電柱に
看板が掛かっていた。
「エスパー伊藤
を見かけたら
すぐ110番」

書いてあった。

「エスパー伊藤」
の部分は
マジックで
細い、よたっちい字で
書いてある。
「を見かけたら
すぐ110番」
の部分は
看板らしいしっかりしたゴチックな文字だ。
要するに
「エスパー伊藤」

落書きだ。

最初は多分
「怪しい人」
とか書いてあったのだろう。
「不審な人」
だったかもしれない。
とにかく
何か書いてあったのだ。
しかし
強調のために赤い塗料で書かれたそれは
雨に流れて消えた。
それでだれかが
空白になった場所に
同義語
として
「エスパー伊藤」
と書き込んだのかも知れない。
まあ
気持ちは
わからないでもない。
高度な比喩

言えなくもない。
かも、しれないかもしれない。


ある観光地に
有名なお地蔵様を見に行ったとき
お寺の境内を案内する地図があったのだが
その地図を見て
ぎょっとした。
血みどろ
なのだ。
全面に
血が滴っている
のだ。
私は
凍り付いた。
場所が場所だけに
説得力バツグン。
周りは
昼尚小暗い林。
人影はない。
私一人。
風が吹く。
木立が揺れる。
ざわざわざわ。
ぞぞぞぞぞぞ。

おちつけ
おちつくんだ、私。
地図が血みどろ
って
そんなわけがあるか。
確かに怖いけど
なんかおかしいぞ。
よく見るとそれは
あちこちの名所旧跡を赤くポイントしたものが
雨で流れ滴った痕だった。

どの色が雨に弱く
どのペンキが流れにくいか
看板屋さんは
知っているだろうと想うのだ。
なのに
なぜ
何を求めて
そういう色を
恐れげもなく
つかうのだろう。
エスパー伊藤
なら
別に怖くないが
お寺の境内

怖いんだぞ。
滴る血
なんか見たら
アタマの中に
土曜サスペンスの
ジャ・ジャ・ジャ
ジャーン
という音が
流れちゃうんだぞ。

しかし
そんなふうに
流れ落ちた言葉
って
町中で結構よく見かける。
そういうときは
自分なりに
面白い言葉を入れて
文章を完成させたり
してしまう。

空白を見ると
条件反射でなにか言葉を入れたくなるのは
おもうに
学生時代の後遺症だ。
「括弧の中に適切な言葉を入れなさい」
という問題を
小学校から大学まで
イヤになるほど解いてきたのだ。
毎日のように
カッコの空白に
何かを入れさせられてきたのだ。
海外でも
そういう出題方法が一般的なのかどうか
私は知らないけど
空気を読め
人の気持ちをくみ取れ
という
日本特有の価値観は
多分こういうところでも
醸成されているにちがいない。
前後から
空白を読むのだ。
周りにあわせて
言葉をつくるのだ。

空白を見てつい
「エスパー伊藤」
と書き込んでしまったそいつの所業は
日本の義務教育の
悲しき副産物
というような気も
しないでもない
かもしれない。
でも別に
エスパー伊藤

基本的には
犯罪者ではないので
「解答」
としては

くらいだと
私は思うけどね。
でも
「迷惑ダイヤル・エスパー110番」
っていう
CD
出しているらしいけどね。


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