2004/8/11

気がつけば
1ヶ月以上
日記がストップしていた。
このところ
ちょっと
調子が悪かったのだ。
多分
夏バテ
だとおもう。

唐突に話は変わるが
お気づきの方もあるかもしれないけれど
ここ数週間
携帯週報(占いこんぺいとう)
の文体を
ですます調
に変えた。
これまで、ここでテスト的に試行錯誤したことも
コレで全部
ちゃら
になったわけである。
さっきテレビで
バトンを振って踊るような競技をする女性が
「努力は貴方を絶対に裏切らない」
とか言ってたが
正直
ざっくり裏切られた
ような気がする。

なぜ
ですます
に戻したかというと
答えは単純だ。
単に
書きにくかった
のだ。
でも
なぜ
書きにくい
のだろう。
日記は書きやすいよな。
ですます
自体がスキで、
だ・である
が苦手
というわけでは
ナイらしい。
いろいろ理由を考えたのだが
思うに
占いは
他人様が読むことを前提にして書いている
もっと言えば
手紙のゴトク
メールのゴトク
わたしから
あなたへ
このうたを
とどけよう
というような
メッセージ性
があるからではなかろうか。
つまり
一人称の散文
じゃなく
誰かにあてた親書
なのだな。

思えば
毎週毎週人様に向かって
「貴方は今週
○○でしょう。
○○したほうが、いいですよ」
などと
厚かましくもおせっかいなことを書くのに
だ・である
などと高飛車に構えて良いはずがない。
やってることがそもそも
傲慢無礼
なんだから
せめて態度だけでも
慇懃丁寧
にすべきだろう。
その辺を
間違った。
考え方が
なってなかった。
そこに思い至り
卒然として
サルのように
清水健○郎のように
反省した。
わけである。

人として間違ったことをやると
どうもやりにくい
という感じがするものなのかもしれない。
この間
強盗殺人犯が
「被害者の顔が夢に出てくる」
と自首していたが
そのことについて
誰も
不思議に思わない。
ムリもない。
さもありなん。
人は殺したこと無いけれど
わかるわかるよ
その気持ち。

昨日知人が
「NAO's Blue FilmってWeb日記すごく面白いんです!本も買っちゃった!」
という内容のメールをくれたのだ。

なんかわけもなく嫌な気分で
でもわざわざ見に行って
なにさ
たいしたことないじゃないの。
なにさ
私だってSM嬢だったら
そのくらい
書けるわい。
と思ってみたり
したりして
ずももも

赤黒いヘドロのような熱い嫉妬がこみ上げたりしているのに
気付いたりして
そんな
自分の器の小ささに
ガクゼンと
したりして
たいへんだった。
他人の文章が褒められていると
無性にネタマシイ。
クヤシイ。
なにさ。
という気分になってしまう。

実際
その方は
すばらしい文才をお持ちでした。
とても
文学的でした。
たいしたことないどころじゃなかったでした。
嫉妬がこみ上げちゃうくらい
負けました。
私なんか
SM嬢じゃなく
イラク戦争にいったとしても
そんなイイ文
書けないとおもいます
「ティッシュを3枚も4枚もばさばさ使って鼻をかんでいた」
なんて
ねたましくて
しかたない
出色のセンテンス。
たいしたことない
とか思おうとして
スミマセンでした
私が間違ってました
ごめんなさい。
彼女と
テキストのカミサマに
深く
誤った。
いや
謝った(独り相撲)

間違ってたというか
むしろ
魂が腐っている。
彼女の文才を目の当たりにして己との落差に凹んだ
ということもあるが
そも
人の才能を素直に認められない自分のちっちゃさに
深く
凹んだ。
まさに
小学生ナミ。

そんなふうに
器のちっちゃいワタクシの中にも
ちょっとくらいは
うつくしい道徳律
のようなものが
あるのだろうか。
だから
反省
できるのだろうか。
せめてそのくらいは
そう思いたい
が。

あー
デッカンショ。

ほんとうは
いい文章を
たくさん読まないと
いい文章は
書けないんだよね。
だから
幾多の私以外の才能様達よ
クヤシイけど
これからも
よろしくね。
W様
教えてくれて
ありがとうございます。

もちろん
対抗して
日記再開
ってわけじゃ
ないけどね
(負けず嫌い)


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