甦るSMグラビアアイドルFile NO.4
太田智子

【別名】大田智子、駒田夕子

【活躍時期】昭和52年ごろ

【グラビア】
(SMセレクト系)
「悦虐キャンパス」
「私は百恵」(SMセレクトポケット版・撮影同行記も)
「ママが留守の日かれが遊びにきた」
「聖少女受難」(SMセレクトポケット版・撮影同行記も)
「青春の暴走」(写真集『聖少女』)
「宵待草」(東京三世社SM写真集)
「闇祭り」(東京三世社SM写真集・モノクロ)
「異常な土曜日」(東京三世社SM写真集)
他にSMコレクター系と思われるグラビアが数点あり。太田智子に間違いなさそうだが、出典不明。セレクトとコレクターのグラビアには時間的距離がけっこうあるように思える。Old fanさんはセレクト誌に登場した方をYoung、コレクター誌をMaturedと分類されている。

【ビデオ】出演作品なし。

【映画】出演作品なし。

【コメント】太田智子も山下由美子と同様、70年代末に活躍したモデル。山下がSMコレクター系で活躍していたのに対し、太田智子はSMセレクト系に登場。濡木痴夢男先生の「撮影同行記」に2回登場した。「縛るのに罪悪感を感じてしまうほどの美少女、股縄をして乳房を愛撫したら声が変わってきた」という記述に当時は興奮した。
特別、美少女というわけではない。ただ、今でも人気があり、西村も大好きなモデルのひとり。島田とも子、中村絵美とあわせ野暮娘3人娘と呼び、アニマさんと面白がっている。
当時、太田智子に人気が出たのは、昭和52年当時絶頂期にあった山口百恵に似ていたことが大きいと思う。実際、SMセレクトも山口百恵を意識したグラビア作りをしていた。なお、SMセレクトで当時活躍した華沢良美のグラビアのト書きに「みんな私のこと百恵と呼ぶ。でも、私はそう呼ばれるのがきらい」というのがあった。また、SM写真集のあるグラビアには「百恵よりも緊縛された○○はかわいい」というト書きがあった。たぶん、東京三世社の編集部に山口百恵の大ファンがいたのだろう。
私事になるが、1978年5月、上野の文省堂で「宵待草」と「闇祭り」の載っているSM写真集を1200円で購入した。これも傑作写真集。この頃から東京三世社の写真集は劇画のようなカット割りを用いるようになり、グラビアに動きが出てきた。

【類似モデル】83年前後にSMクラブ、SMセレクト誌に登場したモデル(写真左)。杉浦サイトでは「小泉こず恵」とされていた。このモデルも濡木痴夢男先生の「撮影同行記」で紹介された。そのときの名前は覚えていないが、乳首が敏感で紐で縛って責めたら良い反応をしたというようなことが書かれていたように思う。
なお、このモデルはアダルトビデオ草創期の宇宙企画の作品「山口モモ恵のそっくりさん 伊豆の踊り子SM編」の主演女優と思われる。太田智子(あるいはその妹)が同ビデオに主演したという説もある。グラビアでの活躍から5年以上経ってからビデオに主演したとは考えにくいが、真実は不明。
(マンボウさんから『伊豆の踊り子SM編』のビデオを頂きました。非常に貴重な作品であり、記録に残すという意味で、以下にキャプチャー画像をアップします)




【タイトル集】


(妄想)主演SMビデオ「闇祭り 聖少女調教」
夏祭りの日、智子は恋人に縛られる。股縄を引くと智子の乳首はみるみる固くなった。アイドル太田智子が初めての縄に怯えながら、バイブ、浣腸に狂い泣く。恋人が撮影したという30年前のブルーフィルムをついに発見。完全ビデオ化。



(付録)「山口モモ恵のそっくりさん 伊豆の踊り子SM編」


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